銀ちゃん(仮)





日々の疲れを癒すべく惰眠を貪っていたある日。

部屋の窓を開け放ち、外へ飛び出す元気もなく、傍らに缶ビールを置き、一度読んだ漫画をもう一度読み返そうかなぁなどと考えながら畳の上で天井を見つめておりました。






不健康かつ怠惰的な昼下がり。
ここのところ忙しかったし、こんな日もいいのかもしれない。







そんな折、窓の外から若い男性らしき声が耳に入ってきました。


「・・・まさかよー、あいつからケンカ吹っかけられるとは思わなかったわー。」

   






何やら不穏な会話内容。
興味がそそられ、天井を見上げながら耳だけそちらに向けてみました。


続けて、「あぁ、あぁ」と相手の話に相槌を打つ声が聞こえるのですが、相手の声が聞こえてきません。おそらく携帯で話しているのでしょう。





相槌の後、「俺、空手・柔道の段持ちだし、ボクシングも習ってるわけだよ?なのに、よくもまぁ俺を相手にしようと思ったよなぁー」


まさか家の近所に「打って良し、寝て良し、投げて良し」、メル・ギブソンばりのリーサルウェポン野郎が住んでいたとは驚きです。

これは天井のシミの数を数えながらに聞く話ではないなぁ、と思った矢先に電話内容に不穏な雰囲気が立ち込めます。



「・・・あぁん!!?」



何がそんなに気に食わないことがあったのか、男は声を荒げ始めました。




「・・・あぁ・・・あぁ・・・あん!?オメェ舐めたこと言ってっと、わき腹持ってかれっぞ!?」



『わき腹持ってかれっぞ』って!!!
一時期のマガジンのヤンキー漫画を彷彿させる名言出ました。




ましてやゴクウでも言わない。







会話から察するに、電話先の相手はケンカ相手より格下であるにも関わらず、機嫌取りにケンカ相手をバカにするようなことを言ったのでしょう。


仮にここで電話先を「サブ」、すぐそこにいる男を「銀ちゃん」といたしましょう。










格下と思われる相手であってもそれを卑下するようなことはしない、そういう男なんですよ、銀ちゃんはさ。
きっと散歩に行くたびに子猫助けちゃうような男なんですよ、銀ちゃんはさ!



おいサブ!口の利き方に気ぃつけねぇと、わき腹持ってかれっぞ!







一応、ケンカ相手もそこそこな腕前であり、一目を置かれる存在なのでしょうか。その後もケンカ相手をフォローするような発言を続ける銀ちゃん。



そんな男気溢れる銀ちゃんを一目見ようと、タオルケットを頭から被り、窓からそっと覗き込んでみました。



  

銀ちゃーーん!!

























  



























 


・・・・・・・・銀ちゃん?






違う、何か違う、俺の知っている銀ちゃんは(想像)、あんなに天然パーマじゃないし、あんなにひょろくない。

あまりの肩すかしな容貌に別の意味でわき腹を持っていかれそうでした。



おおよそ、電話内容から想像されるバイオレンスな生活を送っているとは思い難く、どちらかと言えばインドア風味な若者にしか見えません。

見た目によらず、地元警察署からもマークされているような反逆児・・・なのか・・?








疑問を抱えながらも、監視の手は緩めません。




すると、次第に会話が「俺の知り合い強い奴列伝」へと移行し始めました。



「・・・なぁお前、『ジュリ』って知ってる?」



唐突に出てきた『ジュリ』という単語。
最近新規オープンした小料理が評判のスナックか何かか?

 









「何お前、知らねぇの?空手で県内じゃ敵なしに強えんだぜ!」



スナックではありませんでした。



空手少女ジュリ。
深夜でドラマ放映されてそう。

毎回の見所は悪役を倒す時に繰り出す必殺回し蹴りとともにアップになるパンチラショット
。(イチゴ柄またはクマさん柄)
ハイキックを連発しても不自然でないように、敵の弱点は毎回頭部に設定。


  



「・・・あぁん!?すげぇ回し蹴りの名手でよぉ、普通の男とケンカしたっておめぇ・・・3・・・4・・・いや10人はブッ倒せるぜ!」


ジュリ強えぇ!!
3〜4人から一度に10人に増加した原因はわかりませんが、相当な腕前であることは確かなようです。






「おう・・・おう・・・仕方ねぇなぁ・・・今度紹介してやるよ!」


サブが相当食いついたみたいで、今度ジュリたんを紹介するような流れになったところで、電話を片手に銀ちゃんはどこかに行ってしまいました。

さすがに追跡までする気はないので、なんとも微妙な幕切れ。




銀ちゃんの正体は何者なのか?どこから来てどこへ流れていくのか・・・

そんな人がいた!と人に話すにはオチも弱く、いずれ記憶から風化していくもんだとばかり思っておりました。













しかし、その数日後・・・

平日の午前中、自転車に乗った銀ちゃんを発見!

銀ちゃーん!!と一方的に知っているだけであるにも関わらずフイッと近寄ってしまいました。


前と変わらず、パッとしない格好でママチャリを立ち漕ぐ銀ちゃん。



この時間帯に私服ってことは学生ではないのか?それとも勤労学生?それとも反逆児だから学校行ってないのか?


平日午前中に発見してしまったがゆえに、わからないことがさらに増えてしまいましたが、ひとつだけわかったことがあります。






   


それは、すれ違い様にハッキリと聞き取れるくらいの大きな独り言。
音楽を口ずさむようなものではなく、落語の演目を練習しているかのような大きな独り言。



手に電話を持っているわけでも、携帯音楽プレーヤーを聞いている様子もありません。こう言っては何ですが完全なる不審者。どんなに贔屓目に見ても不審者。



唖然とするオレの存在に気づくでもなく、足早に自転車で去っていく銀ちゃん。
銀ちゃんに抱いていた憧憬にも似た感情も一気に色褪せていきました。



こんな光景を目の当たりにしてしまうと、あの電話も一人芝居もしくは夢芝居なのではないかと疑義を抱いてしまいます。そもそも、サブなんて人物はいなかったってこと?サブはいつでもみんなの心の中にいるってオチ?


もっとも今となってはそれを確かめる術はありません。






冷静に考えると、どうせ近所に住むならサイコ野郎より格闘技マニアの方がよかったなぁと思うのでした。




つづく

















銀ちゃん(仮) 第2話 



まだ話は続きます。



それから数ヶ月。
気味の悪い青年の存在もうっすら忘れかけていたある日。



またもや、窓の外から少し鼻につく甲高い話し声が聞こえてきました。




A氏とともに窓からソーッと階下を覗いてみると・・・・・


   


いた!!!


細長い体躯に天然パーマ、パッとしない私服、間違いなく銀ちゃんです。

どこの側溝に身を隠していたのか、ここしばらく見かけることのなかった銀ちゃんは、またしても我が家の階下に現れたのでした。


A氏には以前に「こんな気持ち悪いヤツがいた」という話をしていたため、すんなりと銀ちゃんの存在を受け入れていました。





携帯電話にまた何かを話しています。




「・・・あぁ・・・あぁ・・・ぼちぼちやってるよ。」


何かの世間話から互いの近況を語り合っているのでしょうか。
銀ちゃんの口ぶりからして、電話の相手はサブではないようです。誰だ、小夏か?







「そっちは最近忙しいんじゃないの?うん?あぁやっぱり。」


珍しく銀ちゃんが相手を気遣ったような発言をしています。
そんなの銀ちゃんじゃない。


























「ところでさ、AKB48の○○のさ、サインとかもらえない?」





   

銀ちゃんが唐突に本題へざっくり入ってきました。
AKBのサイン?あまりの突拍子のなさにポカンとしてしまいました。

ちなみにAKB48のメンバーの名前がわからんので、○○と表記しておりますが多分有名な人の名前です。














「あと、●●と△△と■■とかのももらえるッショ?」


多分、これもAKBのメンバーの有名どころなはず。
電話先の相手が業界人なのは間違いありませんが、そんな人が銀ちゃんと密接なパイプを結ぶ意味がわかりません。

それとも銀ちゃん自身が業界人てこと?


   


















「あと、△△があそこと繋がってるだろうから、◎◎のもいけるッショ?」






  

恐ろしく貪欲。

よくわかりませんが、芸能界の横の繋がりから別のアイドルの名前をも挙げてきた銀ちゃん 。
























「いやまぁ、アレだよ?オレもいらないわけじゃないけど、周りのやつとかがさ・・・うん、サインとか欲しがってんのよ。」



  



かつ狡猾。
みんなにあげる分だからと、さらなる枚数を要求。
























「・・・・いやいやいや、いけるッショ!?そこんとこ頼むよー!」


一度断られたのか、電話相手にゴリ押しする銀ちゃん。













「今度あるオレのボクシング試合のチケットあげるからさ!」



  



すごい交換条件出してきた。
銀ちゃんの試合チケットとAKB48のサインとの等価交換です。





















「みんなでおいでよ!」



  

みんなって誰?AKB?


そもそも銀ちゃんのボクシングは客を呼べるレベルかどうか。
いやもっと根本的な話をしてしまえば、銀ちゃんはボクシングを本当にやっているのかどうか?

個人的には超見たい。
銀ちゃん、フリッカージャブとか使いそう。


























「あぁ、あぁ、じゃぁ待ってるから、うん。サイン宜しく頼むよ。」
 

     


まさかの成立!!
銀ちゃん、アンタどんだけすげぇボクサーなんだよ!超嘘くせぇ!!
彼の試合のリングサイドには業界人またはアイドルが勢ぞろいなのか。





交渉が成立したせいなのか、銀ちゃんは満足そうに携帯電話を切り、ゆっくりとポケットにしまいこみました。



そして、ひとつ大きく息を吸い込むような仕草を見せると、声高らかに宣言。



























  


「以上、ただいまの電話のお相手はAKB48大島優子、本人でしたッ!!」









  



とんでもねぇサイコ野郎ですよ、彼。




銀ちゃんからは見えないような角度でこちらは覗いていたはずなのに、いつの間にか彼のステージにおける一観客となっていたということなのでしょうか。







彼が何者なのか、何を為したいのか、なぜわざわざオレの部屋の前でこんな話をするのか、何一つ確かなものはありません。





ただ一つ確実に誓えることは、今度見かけたら絶対に尾行するということだけです。






おわり


















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