「郷土愛」
オレの所属する消防組織では、ちょっと前から変な決まり事ができました。
それは、「郷土愛」と大きく書かれたバッジを常に着用すること。
個人のセンスであれば絶対にチョイスしないであろう「郷土愛バッジ」。まだ、オシャレという意識が芽生える小学校3年生の頃でもきっとセレクトしないと思う。
当初、「何故にこんなもんをしなければならんのだ」と苦々しくも思うこともあったのですが、最近ではその「郷土愛」と呼ばれるバッジに親しみを感じるようにりました。
いったい、このバッジのどこにそういったものを見出していったのでしょうか、実際に起きた出来事を追って説明しましょう。
その日、偉い人が視察に来るってもんですから、我々なりの正装をして出迎えることになっていました。
そうすると郷土愛バッジも正装の一部に組み込まれており、毎度のことながら誰かしらが「バッジを忘れた!」と直前になって大騒ぎを始めるのです。
この場合、「バッジ=郷土愛」と呼んでいるため、以下のようになります。
「あー!?やべぇ!【郷土愛】忘れた!」
【郷土愛】を忘れた
バッジの有無を指す言葉なのですが、知らない人が聞くと、今日になって地元を愛する心を忘れてしまったことに気づいてしまった悲しい人みたいに聞こえるのです。
大学入学と同時に上京し、そのまま就職、馬車馬のように働き続け気づけばもう35歳。休憩時間中に煙草をくゆらせ、白い雲に煙草の煙をだぶらせる。青い空がふいに田舎を思い出させる。しかし、懐かしい友の顔、残してきた母親の声、上京と一緒に置いてきた思い出に浸ろうとも、まるで煙草の煙がかかったように鮮明に思い浮かべることはできない。
そういえば最後に田舎へ帰ったのはいつだったろう・・・って人みたいに聞こえるじゃないですか。
もうその言葉から勝手にストーリー展開が始まってしまい、面白くてしかたないのです。
当然、正装の一部に取り入れられているバッジを忘れるなんて褒められた行為ではありません。叱るべきところではしっかりと叱るべきです。
バカ!ちゃんと【郷土愛】は大事にしろって言ったろ!
そうです、遠く離れてしまっても最後の心の拠り所となるものは大事に取っておかねばなりません。それが郷土愛ってもんじゃないですか。
「えー!そういうケイスケさんだって【郷土愛】持ってないじゃん!」
そう言って後輩はオレの胸付近を指差しました。
バカ!クソタムシ!男はそんな簡単に【郷土愛】を表に出さんのよ。
【郷土愛】ってのはもっとこう胸の奥に秘めておくものだろ?
と言って胸ポケットからさっそうと郷土愛バッジを取り出しました。
なんだ、この会話。
普通に生きてたら、こんな会話恐らく一生しないと思います。
そんなことで皆意識してかしないか、珠玉の名言をバンバン飛ばしていきます。
■「ねぇ?オレの【郷土愛】見なかった?」
なんかの広告のキャッチフレーズかと思った。
旅行会社のCMか、記憶喪失かなんかで故郷を探す旅に出ている人みたいですね。
旅先で土産物屋や抵触屋に立ち寄っては尋ねるわけですよ。
「…オレの郷土愛見ませんでしたか?」って。
で、モツ煮とか食べながら何かしらの兆しを見つけたりもするんですけど、結局はそこはその人のふるさとではないのですよ。
あぁ、この旅はいつ終わるのだろう・・・と納豆チャーハンを食べながら悲壮に暮れるわけです。
■「お前!!オレの【郷土愛】盗ったろ!?」
きっとオレがこの人に都会の味を覚えさせてしまったのが原因だったのでしょう。えらくご立腹です。
こういった生活を味わってしまうとやはり田舎の生活が不便に感じてしまうものです。コンビニなんて1qくらい離れてるのが一番いいんだよ、余計な買い物しなくって。なんでそれがわからないんだ!
都会の味・・・それは帰りがけにつまみ食うホットドックの味にも似て。
■「返せよ!オレの【郷土愛】!!」
いやそんなに強く言い寄られても困ります。
そもそも、それを取り戻せるかどうかは自分の心持ち次第でしょう?
とりあえず農地を耕せ。
収穫できる頃には郷土愛の何たるかの端っこくらいわかるようになるかもしれません。
■「お前の【郷土愛】、何だか薄汚れてるな。」
田舎出身なのに、田舎に産業廃棄物を不法投棄するような仕事をしているのがばれてしまったかのような物言いです。
お前の故郷への思いはそんなもんだったのか、と半ば諦めが籠もった風に言われると、とても臨場感が出てよろしいかと思います。
郷土愛はいつも清潔に保つのがベストです。
いやぁ、もう大満足ですわ。
バッチひとつで映画・ドラマ何本分のストーリーを鑑賞しきってしまいました。これで台風時などの長い待機時間も乗り切れます。
郷土愛バッジを作成した上層部も、このような意図で盛り上がりを見せているとは思ってもみなかったことでしょう。そしていつかこの盛り上がりが、本当の郷土愛へと繋がっていけばよいなぁ、と思うわけです。
ただ、悲しいことに「郷土愛」という言葉にテンションを上げるのはオレだけのようでです。
おわり