キャンパスライフ 最終話 





季節は春になり、長く雪に閉じこめられていた草木が一斉に芽吹き、山の装いは一変しました。
そして、この春、山だけなくカービーの生活自体も大きく変貌を遂げるのでした。


何も知らされないままこの山に連れてこられてから、一年ちょっと。
思えばいろんなことがありましたが、どういうわけか美術大学に籍を置いているのにまともに絵を描いたことがありません。そもそも絵を描く道具すらありません。

そんな状況が2年目に大きく変わったのです。
今まで【環境芸術】という言葉を武器に野犬なみに放置プレイを続けていた教授は来なくなり、その代わりに毎週日替わりでいろんな分野の先生がカービーに絵を教えてくれるのでした。





どういう風の吹き回しか、学校側の待遇が本当の特待生のようになってきたのです。ただ、食糧不足に悩まされるのは相変わらずでしたが。


ある時は日本画、ある時はデッサン、美術史、またある時は油絵と本当の美大生以上の濃い授業が繰り広げられました。
この一年間まともに勉強してこなかったものですから、新しい情報はカービーの中にスポンジのように吸収されていくのでした。
何か裏がありそうで怖いですが、とりあえず授業を受け続けているうちに、カービー小屋の中には画材道具が少しづつ増えていきました。



キャンパスや油絵の具、いつしか小屋はアトリエと呼んでも差し支えない程度になっていったのです。その画材道具はある先生がすべて買い与えてくれました。決して新品ではないのでしょうが、よく使い込まれたそれらの道具は、以前の所有者の丁寧な正確が表されているようでした。



その先生は、毎週この小屋に来てくれる老齢の紳士でした。

そのおじいちゃん先生は、かつて地元の大学教授をしており、そこで美術を教えていました。先生はすでに教壇を降りていましたが、今回はカービーの学校からの依頼で久しぶりに授業を行っているのでした。
さらに、絵のためにニューヨークに住んでいた経歴もあるという実力派です。




まぁ、「ニューヨーク=最先端」と考えてしまうオレもあれですが。




おじいちゃん先生の美術への考察や技法は非常に興味深く、どんどんとのめり込んでいきました。そんなカービーの熱意を感じてか、授業のない土日になるとおじいちゃん先生はわざわざこの山まで車で迎えに来てくれ、街にある自宅まで招待してくれるのでした。


おじいちゃん先生の家にはアトリエと様々な画材道具があり、それらを使わせてもらえるうえ、温かいご飯とお風呂にも入れていただけました。
息子さんたちはニューヨークに住んでいるらしく、おじいちゃん先生の家には奥さんしかいません。そんな中、孫のように可愛がってもらえたのです。


しばらくぶりに人間らしい扱いをしてもらえたことに、カービーは夫妻に心から感謝しました。


    







そんなある日、アトリエで絵を教わっている時、おじいちゃん先生は唐突に言いました。

「…もし本当に君が本気で美術に取り組みたいのなら、ここでこんなことをしているべきではないよ。」

カービーの目指すものが大きいなら、もっといろんなところに行き、たくさんの人々と接し、自らの感性に磨きをかけるべきだと。こんな山の中に籠もっているべきではないと。そう言われるのです。


他の先生の授業でこんなこと言われたことありません。
それはそうです、ある一つの見方をすれば先生にとって生徒は飯のタネであることは否定できません。ある一方でそう感じることがあっても、飯のタネである生徒を手放すということはそう簡単にできないはずです。
ただ、このおじいちゃん先生は違いました。カービーの行く末を本気で案じてくれていたのです。

このおじいちゃん先生に師事してもらえたことだけでも、この山にきた甲斐があったのかもしれません。









美大生らしい美大生として勉強漬けとなり、早くも数ヶ月が経ちました。
その間も食糧探し中にオオサンショウウオを発見してしまうエピソードなど、いろんな事件があったのですが、最終話のためテンポ良く進ませましょう。



暑い盛りは過ぎ、秋の気配が感じ取れるようになった頃、突如学校側から車がやってきました。

たまに一般生徒が研修にやってくるのですが、それとは様子が違うようです。車は小屋の前に止まると、学校関係者はカービーのもとにまっすぐやってきました。


「すぐに荷物をまとめて乗ってください。」


相変わらず理由とか説明などは一切省かれています。いくらこの山に連絡手段がないからって何でもかんでも急なんですよね。
この言い回しからすると、「ちょっとどこかへ」というものではないようで、どうやらここを本当に発たなければならないようです。

もともとこの山に持ち込んだ物といえばスーツ以外何もないわけで、カービーの荷造りはあっという間に済んでしまいました。


布団とか生活必需品として貯めてきたものは、持って帰ってもしかたないので次に来るかもしれない特待生のために残すことに決めました。もちろん、伝説の「先輩ノート」もタンスに入れっぱなしです。こうやってこの小屋はだんだんと備品が増えていくのかもしれません。

最後に半分野犬と化していた犬にお別れをしました。考えてみれば、犬には名前をつけずにずっと「犬」と呼んでいました。そんなことに今頃気づいてもしかたありません。

   


いろんな人にお別れを言いたいのですが、時間がそうはさせてくれません。

車に乗ると、見慣れた景色はあっという間に視界の後方へと流れていきます。

あぁ、あのあたりでシイタケが採れるんだよな…
あの崖あたりで遭難しかけたよなぁ…
あぁ、あのあたりにはUFOが埋まってたなぁ…

タフに暮らした1年間半は30分もすると何も見えなくなってしまいました。


見慣れない町並みが見え、見慣れない高速道路のインターチェンジに乗り、いつしか見慣れた景色へと戻ってきました。


どうやら車はまっすぐ、学校に向かっているようです。
しかし、本当にこの長い戦いは終わりを迎えたのでしょうか?
さすがにこれだけ騙されっぱなしともなると、次に何が用意されているのかわかったものではありません。

下手に居眠りなんてしようものなら、また違う山に連れていかれたうえに強制労働なんてことになっているかもしれません。




どのような状況が襲ってこようとも対処できるよう慎重に行動しなければなりません。そもそも1ペリカっていくらなんだ?


そうこうするうちに、車は学校へと戻ってきました。
いやいやまだ安心できやしない。どこから竹やりが飛び出して、どこから学校に雇われた黒人ボクサーが襲ってきてもいいように、常につま先立ち歩きで事務室までついていきました。


しかし、拍子抜けというか肩すかしというか「明日から普通に学校に来てください」とカリキュラムを渡されただけで終わってしまいました。え!?元ヘビー級世界ランカーの黒人ボクサーは!?

なんだかんだとカービーの心配はすべて杞憂と終わり、恐ろしくあっさりと凱旋帰宅を済ませたのでした。



       



後々になって聞いたことですが、文部省からの話で「なんぼ特待生と言えど、或る程度の一定期間は学校に通わなくてはいけない」ということになったのが、下山の決め手となったようです。もしかしたら、おじいちゃん先生の口添えがあったのかもしれません。何の確証もないのですが、何となくそう思った方が自然に感じるのでした。





こうして、カービーは2年間のうち、最後の半年間は山を下りて普通に講義を受けることになりました。その半年間は山に閉じこめられていた鬱憤が爆発し、それはもうやんちゃに過ごしたようです。


その後、カービーのような特待生制度はなくなり、2泊3日の研修として新しく建てられた家を利用しているそうです。
現在も例の山にはカービーが暮らした小屋が残っており、「1年間半をここで生き抜いた男がいる」という伝説となり、今も生徒達に噂されているのは言うまでもありません。

     




さてと、前置きが白髪が増えるほどに長くなりましたが、本題に戻りましょう。
覚えている人の方が少ないとは思いますが、「なぜカービーはモテるのか?」というのが本題で、ついでにそのモテメカニズムを解明してうまく利用してやろうというのが狙いなわけです。


まず、ここまでの話を見てカービーのことが嫌いになった人がいますでしょうか?少なからずは同情や好意を持っても、敵意や嫌悪感を抱く人はいないと思います。
事実、カービーは山を下りてから、どっかの繁華街に行っては「いやぁ、最近ひどい目にあってさぁ…」で始まる自分の身に起きた話をすることによってえらいモテたそうです。

さらにはちょっとでも涙でも見せようもんなら、そらもう放っておかれんでしょう。

  


実際にこの手を使っていたかわかりませんが、オレなら使います。




オレの想像という範疇は越えませんが、モテポイントのひとつは【豊富な経験】ということではないでしょうか。

確かにカービーの見てくれはそう良くないかもしれません。率直に言ってブサイクかもしれません。しかし、様々な経験により中身ははちきれんばかりにぎっしりと詰まっています。いろんな経験をしてますから、大抵のことには大きな目線で対処できます。やはり、女性もそんな部分に触れ、このメガネヒゲ男に惹かれてしまうのだと思います。



それともう一つは「極限まで高められた人恋しさ」です。

今回の話の中盤からはその人恋しさから様々な事件が起きていました。石や木を抱いていたというエピソードのように、気が狂う寸前まで人を求めてしまう環境なんてそうあるはずもありません。
ですから、当時のカービーは女性に限らず、人に対して異様にハングリーであり、誰にでも分け与えられるだけの愛に溢れていたと考えられます。
幽霊とまで友達になろうとする男ですからねぇ…最低限人類であれば問題なく友人になれるでしょう。



というわけで結論です。







カービーがなぜモテるのか?その問いにある程度の結論を立てることができましたが、それが自分のためになるかというとそうでもないようです。カービーがやってきたことは言われてマネできるようなことでもありませんし。やはり彼だからこそ、という部分を忘れてはならないようです。


本当に長くなりましたが、これでカービーの「キャンパスライフ」は終わりです。最後まで読んでいただいてありがとうございます。それとこの話を通してカービーの作品を買ってくださった方々も本当にありがとうございます。
いづれカービーと一緒にネットラジオとかやれたら楽しいだろうなぁと思っていますので、その時にはぜひよろしくお願いします。










【エピローグ】


山を下りてからしばらく経ったある日、カービーは久しぶりに友人の家を訪れました。カービーもこの頃にはすっかり文明に慣れ、ちょっとしたことで泣くようなこともなくなりました。


「しかし大変だったみたいだなぁ」


友人はまた別の友人から、山での惨状を耳にしたようで第一声はそれに対する労いの言葉でした。


「オレもさすがにアレをもらったときは、もうダメかなぁって思ったよ。」


え?何をもらったって?


「は!?何、お前覚えてないの?」


友人はカービーから何かをもらったと言い切ります。
しかし、人から何か施しをもらうことはあっても、人に施しを与える余裕なんて何一つなく、当然友人にもそれは当てはまります。


「手紙だよ、手紙。送ってきたろ、お前。」


手紙?
手紙なんて文明的なものは一切出した覚えはなく、何かの間違いと思われます。以上、友人にそのように伝えました。


「ちょっと待ってろ。たぶんまだ取ってあるから。」


そういって友人は部屋の奥に一度消えると、何やら変わった形の紙らしきものを持ってきました。









それはカップラーメンの蓋の裏に「オレはもうダメだ。たぶんここで死ぬから、これでクローンを作ってくれ」と遺言めいた文言が書いてあり、その文言の後に陰毛が一本、セロテープで張り止められていたのでした。



「しかもお前、オレだけじゃなくて他にも5人くらいに送ってたらしいな。」


幕引きには衝撃的過ぎませんか、ちょいと。
山を降りてから一番のショッキング映像です。
当の手紙を見せられても本当にその手紙を出した覚えはありません。

しかし、その筆跡とよく食っていたカップラーメンの蓋を目の前にして、この陰毛は他の誰かのものだと言い切ることができません。鑑識のDNA鑑定に回されたら決定的な結果が出てしまうこと請け合いでしょう。



恐らく山の中での劇的なほどの孤独感がその絶頂に達したとき、子孫を残さなければいけないという人間の根幹な部分がそうさせたのだと考えられます。それも無意識のうちに。しかも、その確率が少しでも上がるように複数の友人に郵送していたという計算高さにわれながら脅威すら感じるのでした。

陰毛からクローンが作れるとか作れないとかもうこの際関係ありません。山を降りて数ヶ月、改めて当時の状況に寒気を覚えるカービーでした。




最後に、これを手紙として届けてくれた郵便局の方々に敬意と感謝を表しましてこの話を締めくくりたいと思います。









やっと終わりました、キャンパスライフ。次回作をお楽しみに。
そんなカービーの作品はこちら。
  ↓
「麻覇王」