キャンパスライフ 第13話 




雪解けとともにあまり動きの少ない冬が終わりを告げていました。

しかし、この冬はひどかった。たまに除雪車が来てくれるおかげで、まったくの孤島になることはありませんでしたが、人が全然訪れないうえに食料が少なく、人間食べる気になれば何でも食えるんだ、と再認識させられたのがこの冬の特徴でした。



特にひどかったのは木の皮まで食わないとやっていけないことでした。
雪に覆われてしまって、野草やきのこはまず採取不可能です。で、結局多少の養分を含んでいるだろう、ということで暇があれば木の皮をしゃぶっていたそうです。あながちその目論見は外れていないのですが、草食動物も食えるものがなくなると木の皮を食べるのでそれとまったく同じレベルと言えます。


それと夏場大量に取れたひまわりの種と、不意に取れた蜂蜜が重要な栄養素になったのは説明するまでもないでしょう。




              【とっとこカビ太郎】



そんな辛い冬を乗り越え、道も除雪しなくても通れるようになった頃、多くの資材を乗せたトラックがやってきたのでした。

このトラックには専門の工具をもった鳶職人さん風の人が数人乗っています。いったいぜんたい何を作ろうとしてこんな山の中に来たのでしょうか?木の切り出し?


小屋の近くで何やら準備を始めるもんですから、気になってしかたありません。思い切って「あのー…」と声をかけてみました。
鳶職人の方々もまさかこの小屋から人が出てくるとは!?といったように驚きの表情を見せましたが、学校側からの依頼で新しく家を作るということを教えてくれました。



えぇー!?ま、まさか小屋をリフォームしてくれるんですか!?





2秒で否定されました。

大工さんは「あれだよ」と指を指しました。その先には、かつてこの山で暮らしていた先輩が作るはずだった家の土台がありました。

どうやら頓挫していた学生用の野外アトリエ計画に本腰を入れて着手する模様です。で、バイト代として食糧をもらいながら、カービーも家造りプロジェクトに参加することになりました。



今まで独自に工具やらを駆使し、階段・水道・小屋・柵・槍と軒並み作成しただけあり、カービーは即戦力として迎えられました。
カービー自身も、これだけいろんな人と一緒に何かをするのは本当に久しぶりのことで、今まで生きるだけに一生懸命だった時とは大違いの充実感に満たされていました。


何より、やっとまともな家に住める!という期待もあり、それこそ心血を注いで家造りに取り組んだそうです。

    


実はこの頃、大工さんが撮影してくれた写真が奇跡的に残っており、当時を偲ぶ貴重な一枚となっています。

その写真には、建設途中の家の中、柱が4本立った真ん中で嬉しそうに椎茸を焼いているカービーの姿が映し出されていたそうです。
これから、住むであろう自分の城を建てる、男として感慨深いものもあるでしょう。今までの孤独な乾いた生活から、動いたなら動いただけ確かな手応えが感じられることへの喜びとでも言いましょうか、そんな雰囲気が伝わるかのような一枚だったようです。









そうして、季節は春になり、今まで残っていた雪も完全に姿を消し、山頂部だけが白い帽子をかぶったように冬の面影を残していました。

畑の準備をしながら、家造りも順調に済み、いよいよ上棟となりました。普段滅多に顔を出さない学校関係者も訪れ、完成の宴が行われます。


出来上がった建物は木造2階建て、風呂は檜作りという豪華な造りでした。
今まで風呂などという近代的施設はこの山に存在せず、「風呂=川」というダイナミズムな図式しかなかったカービー。そもそも誰にも会わないんだから、別に匂ってもいいじゃない!体から動物園みたいな匂いさせてもいいじゃない!という環境でしたから、それもまた仕方のないことかもしれません。


しかし、そんな野獣でも目の前に檜風呂があれば別です。山の清廉な水と檜が合わさった瞬間から、ふうわりと檜の芳香が風呂中を満たすのです。想像しただけで服を脱ぎたくなります。

      


それだけにカービーのこの檜風呂への思い入れは強く、特に重点的にこの風呂作りを手伝っていました。



そして、この完成をもって、あのお化け屋敷のような小屋に別れを告げる日が来たのです。もうどんだけ雪が降ろうが、埋まることはありません。だって2階建てだもの!


これからは一般学生もこの建物に研修に来るようですし、友人も増えることでしょう。そう2年目にしてようやくカービーのキャンパスライフが始まるのでした。


カービーは喜び勇み、元の小屋から動物園の匂いのする布団を運びこもうとしました。しかし、布団を持ってきたはいいものの、どこに置いたらいいかわかりません。
そういやどの部屋に住めばいいのか聞いてませんでした。学校関係者も来ていましたし、向こうはどのようなプランで部屋割りを考えているのか確認する必要があります。



すみませーん、オレはどの部屋に住めばいいですか?



布団を持ったまま、無邪気にカービーは聞きました。
しかし、学校関係者の答えは子供達の砂場を犬のウンコで埋め尽くすほどに残酷なものでした。


少し離れたところにある、林一つ越えた先にあるお化け屋敷のようなオンボロ小屋を指差し、「カービーくんはあっちね」とさらっと言いました。




いやいや、冗談は止めてくださいよー!?いったい何ですか、あの今にも崩れそうな小屋は?あんなとこに人が住めるわけないじゃないですかー!?








よく見たらカービーの小屋でした。



学校関係者曰く、この建物は一般学生用、カービーは特待生なんで専用のアトリエで今までどおり環境芸術に励んでください、家造りご苦労様、ということだそうで、決してカービーの布団から象みたいな臭いが発せられていたのが直接的な原因ではなかったようです。


当然、カービーもそれには反発しましたが、結局合い鍵を持たせてもらえないため、そこに住むことは相成りませんでした。

「いつかこの家に住める」その思いだけが当面の支えとなっていました。そして、その夢が潰えた今、カービーの受けたショックは計り知れないものがありました。



その後、その建物にも一般学生が来るようになりました。大抵の生徒は数人1組で2泊3日程度で帰っていくそうです。
せっかくこの山で同じ学校の友達ができるかもしれないってのに、ついぞカービーはこの人たちに話しかけることはなかったそうです。


あまりにも長い期間人と話さなかったため、会話しようとするとすぐに言葉が詰まってしまうそうです。わかりやすく言うと片言の原住民みたいになってしまうわけです。


        


それに大学生活を満喫中の二十歳前後の若者たちがですよ。この課外授業もちょっとしたバカンスみたいに考えていて、みんなでカレーとか作ったり、川で泳いだり、虫を捕まえたり、若い男女ですから場合によっては思わずロマンスとか思い出を作ってしまうわけです。
帰り際には「いいところだったね、まだ…帰りたくないね…」とか感傷に浸りつつ、来たときには別々だった手がその頃には結ばれたりしてるわけですよ。


そんな人たちと何を話せばよいのでしょうか。

カービーにとって、川は泳ぐところではなく、風呂兼猟場です。
カービーにとって、虫は下手すれば食糧です。
まだ帰りたくないとか感傷に浸るくらいなら替わってやるよ!ほれ!こっち来いや!そんでちゃっちゃっとポジション替われや!手ぇつないでやるからよ!



すぐ近くにいるのに、立場はこんなにも違います。片やバカンス、片やサバイバル、そんな人たちと話が通じるとは到底思えません。それにこの一年間、見た目を気にせず暮らしてきたため、その風貌は完全にUMA(未確認生物)クラス並みにショッキングなものとなっています。


そんなこともありカービーは、山に追われたフランケンシュタインのように、山での生活を満喫する学生たちをただただ眩しそうに眺めることしかできなかったのでした。





後に、カービーと同じ学校に所属していた人から、当時の様子を伺うことがありました。
確かに生徒同士での課外授業の一環として、3日間ほど例の山で過ごすイベントがあるようで、やはりちょっとしたレジャー感覚で出かけていたようです。宿泊場所はもちろん檜風呂のついている家の方ですが。


で、当時かくかくしかじかな経緯で、ある男が近くの小屋に住んでたって知ってた?と聞いてみました。



すると…







これ以上カービーにかける言葉は何も見つかりません。





つづく



次回、いよいよ最終話です、たぶん。