キャンパスライフ 第12話 





テレビも新聞もないカービーにとって、時間の経過は日々の気温や気候の変化をもとに推し量るほか在りませんでした。

紅葉した葉は散り、朝夕に吐く息が白くなり始めたころ、カービーの山に初雪が降りました。




この頃には、山にいる動物たちもその動きを潜めているのか、めっきり目立たなくなっており、新たな動物性たんぱく質の確保の期待は薄くなっていました。畑の作物も霜の降りるこの時期にはとうに収穫を終え、それらの中で日持ちしそうなものは保存食として蓄えてあります。

やはり、食糧不足となりがちな冬を越すためにはそれ相応の下準備が必要で、いくばくかの保存食に加え、頼りの綱は畑仕事のバイトによって得たカップラーメンと米だけです。

カービーの地元も雪が全く降らないわけでもありませんが、それでも1年に1,2回程度といったところです。
そう滅多に見ることのできない雪、しかも初雪のその白さを目の前にして、今までやさぐれて生きてきたこの男も、はしゃぐ気持を抑えることはできませんでした。


こんなにはしゃいだのは、随分前に川で見かけた蛍以来かもしれません。

蛍はきれいな水でないと繁殖できません。ご存じの通り、この山の前人未踏っぷりは折り紙付きで、ここの蛍の数はそれに比例してとんでもないものとなっていました。
今まで見てきた蛍の累計以上にいるのではないかと思われるその様子は、まるで舞い落ちる雪のようにも見えたのでした。





でも、今度は本当の雪です。
その粒はとても大きく、周りの景色は徐々にうっすらと雪化粧が施されていきました。最初ははしゃいでいたカービーも、一人でやれる雪遊びなんて「かまくら」か「雪ウサギ」くらいしかなく、大人しく小屋の中に戻ることにしました。

まぁ、しかし、これだけ雪が降ってしまうとそれこそ雪遊び以外にやれることはありません。起きていても腹が減るだけなので、とっとと寝ることにしました。




冷え込みの強い夜を過ごし、翌朝になりました。

ここで「朝」としたのは、腹の空き具合や体内時計を通して「朝」と定義しています。しかし、なぜか明かりをつけないと何も見えないほどに小屋の中は暗く、冬至が近いということだけでは説明がつかないほどでした。大抵なら小屋の隙間から陽の光がうっすら差し込んでいるものなのですが・・・。


こりゃおかしい、とりあえずは外を確認しようと戸口に手を掛けました。がしかし、ありえないくらいに戸は固く、いくら引こうが押そうがびくともしません。「あれインロック!?」とボケをかまして場を和ませないとやっていけないほどに絶望的に他の戸も開きませんでした。





原因究明のためには何としてでも戸を開けなければ始まりません。そこで一枚の引き戸にですべての全精力を注ぎ込み、何度となく果敢にチャレンジを続けました。


ガコッ!


幾度目かのチャレンジにようやく、引き戸は猫の額ほどの隙間から外の世界を覗かせてくれました。

外は一面の銀世界。雪の色以外に何も見えません。

と思ったのも束の間。よくよく見れば、その白さは景色でも何でもなく、隙間なくびっちりと押し迫った雪でした。当然外の様子なんてまったくわかりません。

今にもこの引き戸を押し倒さんばかりに積もっている様子から想像して、正直考えたくもありませんが、完全に埋まってますよね、この小屋。

     


やってしまいました。遭難してしまいました、小屋の中で寝てただけなのに。

何度となく戸を開けようとしますが、結局それ以上はびくともせず、救援が来るまで籠城線を強いられることになってしまいました。
というより、救援は来るんだろうか…
希望のある籠城と、希望のない籠城ではまったく対応が違ってきます。
カービーの脳裏に嫌な考えが浮かびます。名ばかりのルームメイトと講師は勝手に冬期休暇に入っているため、しばらく姿を見ていませんし、仮にこちらに向かおうともこの雪ではまず不可能です。


唯一信じられるのはノザキさんだけなのですが、ノザキさんの住んでいるところ、カービーの小屋付近ではいい加減高低差があり、ここまで降り積もっていると予測できるかどうかは何とも言えません。




いざとなれば、戸を斧でぶち壊し脱出を図ってもいいのですが、問題はその後です。ライフラインを復旧させるだけの雪かきが可能かどうか、建物をすっぽりと覆うほどの雪の量です。山の下まで助けを呼びに行くのもスコップ程度でどうにかなるとは思えません。



一か八かに賭けるよりも、まずはじっと救助が来るまで温存策を取ることにしました。

幸い空気取りと煙を逃がす煙突のおかげで、小屋内の酸素は大丈夫なようですが、それだってずっとという保証はありません。これがダメになった状況で火なんか使えばあっという間に一酸化炭素中毒で死ねます。


手持ちの食糧は干し肉、漬け物、米、カップラーメン、ひまわりの種、調味料(蒲焼きのタレ含む)、それと例のはちみつボトル。新たに食料を入手できないのは痛いですが、無理をしなければそこそこやっていける量です。


食糧もさることながら、ここで一番肝心なのは水です。水だけあれば1ヶ月は何とか凌ぐことも可能です。しかし、苦労して作ったカービー水道もさすがに小屋までは引いてません。

苦肉の策として、引き戸の隙間から雪をほじくり出し、鍋にかけ溶かして使用しました。手間と燃料がかかってしまいますが、こればかりは仕方有りません。

     


同様に最低限の暖を取るために薪が必要になりますが、これも限られた量しかありませんので大事に使わなければなりません。



しかし、雪に囲まれた小屋というのは心底寒く、置かれた状況を簡単に例えれば、アイス「雪見だいふく」の中身になっているようなものです。




仮にこのまま春を迎えてしまったとしても、これだけ低温状態が保たれていれば、きっとツインピークスのローラ・パーマーなみに綺麗な遺体のまま発見してもらえることでしょう。って死んでるじゃん!?





あれこれと考えているうちに電灯の明かりがふっと落ちました。





外にあった発電機が燃料切れで止まってしまったようです。
外の発電機には約1日分の燃料しかストックできず、それが尽きないためにもこまめに燃料を入れるのが日課だったのです。けれど、まず戸口が開かないことには燃料の追加もできません。

これからは懐中電灯と薪ストーブから漏れる明かりだけが頼りとなってしまいました。


「閉じこめられている」という現実だけでも十分な重圧なのに、加えて「暗闇に閉じこめられる」ともなるとどうにもなりません。どうせなら「暗闇に美女と一緒に閉じこめられる」とかそういうのにしてください。あぁ、でも暗闇だったら美女である必要もないなぁ、と考える内容もどん底まっしぐら。このままでは気が狂ってしまいます。


しかし、無闇やたらに火をともすのは酸素の心配からもお勧めできません。あくまで薪やバーナーは水を作るときだけと決め、それ以外は毛布と布団にくるまってただひたすらに時間が経つのを待ちました。




それからどれくらいの時間が経ったでしょうか。

これだけ暗いところに居続けると時間の経過がさっぱりわからず、今まで野生動物並みに冴えわたっていた五感がうっすらと鈍りつつあるのを感じました。

その間も、もしかしたら戸口が開くようになっているかもといろいろ試すのですが、びた一文動きません。

何より深刻な問題は、天井から聞こえる屋根の軋みです。
ギシギシ・・・ギシギシ・・・と時々、雪の重みのせいか小屋自体が悲鳴をあげているのです。あれからずっと雪は降り続いているのだろうか・・・?それとこの小屋はいつまで持つんだろうか・・・?
この音が聞こえる間隔が狭まってくるようなら、次の手を考えなければなりません。



絶望に打ちひしがれながらも、たまに一息つけるのは、食事のためにバーナーで明かりをつける時だけです。


あぁ・・・指って5本あるんだ・・・

  



もう常識すら消えかけていました。
こういう拷問があるとすればきっと効果てきめんなことでしょう。
完全なる暗闇の中、音を立てるもの小屋の軋み以外に何もなく、口中に広がる蜂蜜の甘みだけがカービーのリアルでした。




救援はいまだ来ず、このままだと餓死や凍死する前に狂い死にしてしまいます。いっそのこと扉を破る作戦に出ようか、と思案していたその時です。




ガドドドドド・・・・・



遠くの方から何かのエンジン音がかすかに聞こえました。
そのエンジン音は非常にゆっくりとですが、確実に大きくなっていきました。もうすでに幻聴の気も出ていたので、もしかしたら妖精さんが突貫工事でもやっているんじゃないかとも疑いましたが、それが救援であることに気づくまでそう時間はかかりませんでした。

戸口のすぐ近くまでその音が聞こえると、今度は戸口付近の雪をかき分ける音が聞こえます。


ザックザック・・・・


ガガガ…しばらく開かれなかった戸口はすでに半分凍っており、滑りも悪そうな音を立てゆっくりと開きました。

すると、ノザキさんがひょいっと顔を出し、「おーい、生きてるか?」と訛りのきついいつもの調子で声をかけてくれました。

久しぶりに見る陽の光がそれと同時に差し込み、まるでノザキさんに後光が差しているかのように見えました。





カ…カッコイイ!
もうノザキさんなんて普通にしてれば、田舎の普通のおっちゃんに過ぎないのですが、もうそんなの関係ないくらいに格好良すぎ。カービーも女ならノザキさんにその場で即座に抱かれてもいいと思えるくらいに格好良すぎました。

カービーが子犬なら、ノザキさんはテリーマンです!
カービーが子どもなら、ノザキさんはククルス・ドアンです!

命の恩人とはかくも美しく見えるものなのでしょうか。
このあたりも今後のモテポイントに関わってくる事項なのかもしれません。


そんなノザキさん(イケメン)から事の顛末を伺いました。

ノザキさんの住む地域も記録的な大雪に見舞われ、除雪作業に大わらわになっていたところ、カービーの存在を思い出し、「死んでなきゃいいが…」ということで行政の人々と除雪車で救出作業に馳せ参じてくれたということらしいです。

救助側もカービーの死を意識しての出動だったいうことがまたたまらなくリアルで嫌でした。


なんにしても、またもや間一髪で生命の危機を脱したカービー。自然と生きていく厳しさをまた一つ知り、それからは降雪状況を見て屋根の雪下ろしや最低限の雪かきを行うようになりました。




そして季節は過ぎ、暖かな春の兆しが見えた頃、またひとつの動きが起こるのでした。



つづく





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