キャンパスライフ 第2話 



朝。それは希望に満ちあふれたものでもなんでもありませんでした。
アルピニスト野口健ばりの装備があるならともかく、わけもわからず数時間かかって連れてこられた山奥にそんなもんを見いだせるはずもありません。


小屋の状況を確認すると、電球などはあるようですが付近に電柱らしきものはなく、通信手段もありません。もちろん食べ物もありません。でも鶏はいます。でも鶏は生で食えません。もちろん伝書鶏にも使えません。

         


人は飲まず食わずでも一週間は生きられるそうです。
水場だけでも確保できれば、一ヶ月は大丈夫とも言われています。果たしてそれまでにこの問題が解決できるのでしょうか?

さらに昨晩から車が通る気配もなく、助けを呼ぼうにも呼べずにカービーはスーツ姿のまま途方にくれていました。


・・・・ガタガタ・・・ガタガタガタガタ・・・・


時間はお昼を過ぎたあたりでしょうか。遠くから林道を走る車の音が聞こえたかと思うと、その先に軽トラックが見えました。
ここぞとばかりに救援を求めるカービー。こんな山の中、スーツで遭難する人ってのもかなり珍しい話です。


軽トラックは小屋の前で止まると、中から方言のきつい中年の男性が降りてきました。

まずカービーが聞きたいことは『ここはどこか』ということ。何をするにもそこからです。ちなみに男性の訛りを聞いただけでも、地元ではないことがうかがい知れています。


男性の話では、ここは東北のとある県のとある山中であり、さらにカービーの所属する学校の私有地であるということ、だからいつまで待っても人は通らないということだそうです。

ちなみにどこからどこまでが私有地なんですか?と聞くと、男性はあの山からこの山くらいかな?と見える範囲の山のほとんどを指差しました。そんなアバウトな距離表示聞きたくない。

   


そして、ノザキ(仮名)と名乗るその男性は、学校の依頼で私有地内にて無農薬米を作る農家の方でした。
さらにノザキさんが言うには、「米作りを手伝う学生が来るから」と学校から連絡があったそうで、軽トラを小屋まで走らせてきたということなのです。

ちょっと待て。
その米作りの学生ってオレのことか?明らかに当初聞いていた状況と違い過ぎる。自分で米を育てて、苦労して収穫したその米粒に絵を書いて「ニホンジン、テサキ、キヨウネ〜」と海外で一大センセーションでも起こせば良いのか?

その結果、米ビルでもおっ建てれば良いのか?

     
         群馬の新スポット 米ビル



とまぁ、自分の境遇をいくら嘆いても助けは来ません。
そこで、畑仕事もそこそこに「電話」という近代的通信手段をノザキさんのお宅で借りることになりました。

軽トラに乗ってぐねぐねと曲がる林道を下っていきますが、いつになっても人が住むようなところが見あたりません。20〜30分も下った頃、ようやく人家がポツリポツリと見え始め、ノザキさん宅に到着です。どんだけ奥地なんだよ。


そこで、行方を親に知らせるため自宅に電話をかけました。
実はカービーは今回の話の直前に、新聞沙汰にもなった誘拐事件に巻き込まれており、早めに親に現状を知らせないとまた事が大きくなってしまうのです。

正直、こっちの話の方が面白いんじゃないかとも思うんですけど、内容的に重すぎるため、ここで記述することは避けますが、その経験がこれからの生活に多大な影響を与えることになっていくのです。


とりあえず着替えと布団を送ってくれ、と伝えたところで詳しい住所がわからないことに気づき、ノザキさんに目配せで聞きます。

「あー、あそこは住所ないよー」

ノザキさんはさらっとえげつないことを言いました。
広すぎて、奥地すぎて住所なんてもんはないそうです。当然郵便物も届きません

      


ノザキさんのご厚意で、必要なものはノザキさん宅に送り、後日小屋に届けてもらうことになりました。

話が落ち着いたところで、またあの呪いの小屋に戻らなければならないのですが、さらに30分かけて送ってもらうのはさすがに忍びないので、食料品店の場所だけ聞くと、カービーは歩いて小屋まで戻ることにしました。

途中、立ち寄った食料品店は良い言い方をすれば「田舎のコンビニ」といった感じで、売っているものこそ多岐にわたっていましたが、品数が心細くなるくらい少ないのです。

しかし、入学式3日後あたりに山の方でオリエンテーションがあるようなことを聞いていたし、それまで食いつなげれば問題ないだろう、と品目数の貧弱さを嘆くことなく必要分のカップラーメンを買っていきました。

そうして、長い時間をかけて小屋に戻った頃には当然腹が減ります。数少ない装備品であるカップラーメンを早速いただこう、という話になりますわな。

がしかし、基本的なインフラ整備がまったくありませんので、お湯を沸かすのも一苦労です。

まずは曲がりくねった林道をしばらく登っていくと川があるので、小屋の中にあるバケツで水を汲みに行きます。いずれポリタンク等の水を貯めておく道具を購入しなければならないようです。

川の水は泳いでいる魚が見えるほどに大変澄んでいました。どこから流れてきているのかはわかりませんが、人の手がまったく入っていない川の水はこんなにも綺麗なのか、と感動するほどでした。

ですが、苦労して汲んできた水もこのままでは使えません。
ガスなんてものがあるはずもなく、小屋の中にある薪ストーブを使うために薪を割ります。
こうして、3分で食べられるというお手軽感が売りのカップラーメンを小一時間かけて食べるわけですから、もう不味いはずがありません。

  





3日経てば他の生徒や講師が来て楽しくやれるはず、そう思って一人寂しく床につきますが、6日経っても誰一人来る気配がありません。
すでに食糧は底をつき、たまにノザキさんの農作業の手伝いをしてもらう食糧だけが頼みの綱でした。


ひもじさに耐えて、7日目の朝。


ドロドロドロドロ・・・・・・


この山に連れてこられた元凶であるパジェロが砂煙を立てて小屋の前に止まりました。
ようやくオリエンテーションが始まるのか!と勢いよく小屋を飛び出すと、そこには見たことのない男性が立っていました。年齢的に学生というわけではなさそうです。


「・・・どーもー!一人?」


果てしなく軽いタッチで男性はカービーに話しかけてきました。場所が場所ならナンパでもされているのかというような軽さです。

一人も一人、大一人ですよ!、もう一週間は人間見てませんよ!と現状を伝えました。


「あれー?おかしーなー?もう一人音楽課の子が来ることになってるんだけどー・・・知らなーい?」


自分の命を繋ぐだけで精一杯のカービーがそんなことを知るよしもありません。そもそも貴方はどちらさんですか?と。


「あぁ、僕は学校の講師。で、キミの担当。でキミの学科は環境芸術ってことになってるんだけど。聞いてない?」


聞いてねぇ!
耳掃除を3ヶ月くらい忘れても聞き逃さない。
どんなにでっかい耳クソが詰まっていても聞き逃さない。

と言うことは・・・この人里離れた拷問部屋みたいな小屋が特待生制度でいうところのアトリエで、無責任が服着てパジェロに乗ったようなこの男がマンツーマンの講師ってことですか?


ものすごーーーく、大きい視野で見れば、最初に聞いた条件と違ってはいないけれど、バカでかい補足事項が欠落してはいませんか?絶世の美女が「愛しています、結婚してください」と言って、本当はナニがついているのを隠しているのと何ら変わりはありません。



この講師の出現とともに、夢と目標は「大学生になって合コン三昧!」だったカービーの長い長いキャンパスライフが始まりを告げるのでした、山の中で。


     


つづく





カービーのブランドです・・・「麻覇王」