「それは純真」



この世の中に、「純真」というものを保ててる人なんているのでしょうか。そもそもに「純真を保つ」なんて行為自体がもうすでに純真ではないでしょうし。保つ、保たれるでなく、すでに存在自体が純真なんてものは子どもくらいのものかもしれません。

抽象的な話で何が言いたいのかさっぱりわからないとは思いますが、今回は友人から聞き及んだそういった「純真」な人のお話です。



ちょっとした旅に出ていた時のお話です。

オレは現地で「かっつぁん」という友人と落ち合い、お茶を飲んでいました。
彼はもともと群馬県の人なんですが、仕事の事情でこの旅先に赴任しており、せっかくだからということで落ち合っていました。

このかっつぁんは非常に活発な人で、こちらが何も話さなくてもずっと話し続けているような人です。呼吸忘れてんじゃないかな、ってくらいによく口が動きます。


そんな彼が柄にもなく溜め息をつきました。


「はぁ〜・・・・」


そう言えば、どことなく今日は覇気に欠けるようです。こちらの水があわないのでしょうか?

どうしたのよ?かっつぁん?
かっつぁんは熱い珈琲を軽くすすりました。


「さっき、えらい子がバイトの面接に来てさぁ…それで疲れてんのよ…」


壊れたトーキングマシンのようなこの男が、川遊び中、全裸になってカッパのものもねに熱中するあまり、本当に川に流され、「カッパの川流れ」を体現したあの男をここまで疲弊させる人間なんているのでしょうか?

 


俄然、その面接に来たという人物に興味が湧き、オレは机に乗りだし、彼の話に耳を傾けました。


「実はね…」



彼の担当する飲食店では、つい最近までバイトの募集をしていました。

特に年齢制限も設けるわけでもなく、長らくその申し込みを待っていると、1人の少女が面接の申し込みにきました。
聞けば、高校生。特にその地元ではかなり有名な高校です。

なんで有名かというと、芸術関係にかなり力を注ぎ込んでいるという一風変わった校風があるためです。

そして、芸術家というものは世間から一歩外れてしまうことも少なくはありません。オレのような俗物と違い、己の感性に従い生きることにより、少々の誤解が生じることもあるでしょう。

それゆえ、かなりカッ飛んだ人が多いらしく、あの『裸の大将』こと山下画伯に例えると「ぼ、ぼかぁ、オニギリが食べたいんだなぁ」と言いながら、とんでもない絵を描く人か、本当にオニギリが食べたいだけの2種類しかいないらしいです。

            


ホントかよ、カッつぁん。嘘くせぇよ。最高に嘘くせぇよ。



内心、履歴書にその校名を見つけたときにカッつぁんは若干の不安を感じたそうです。でも、そんな理由で面接をしないわけにはいきません。校名を見るのでなく、その人の人柄を見るのが面接の趣旨でししょうし。

そして、面接が始まりました。

しかし、受け答えもいたってどこにでもいる感じの女子高生。
恰好も派手なわけでもなく飲食店としては申し分ないようです。飯の中にネイルやエクステンションが入る危険性もありません。

ここまでの段階でかっつぁんはほぼ、彼女をアルバイトとして採用するつもりでいたそうです。



しかし、かっつぁんはまだ彼女の本当の真相、偉大な片鱗が見えてはいませんでした。







かっつぁんの店には制服が存在し、当然バイトの人にもそれらを支給することになります。カッつぁんはその旨を説明し、彼女に服のサイズを聞こうとしました。
サイズはL、M、Sの3種類。当然、Lが一番大きくなっています。

すると、彼女は迷いもせず「L」サイズを指定してきました。
しかし、彼女の体躯からして、とても見合うサイズではありません。

あぁ何か勘違いしてるなぁ、と思ったカッつぁんは、「自分は見てのとおり太ってるんだけど、これでちょうどLサイズってとこなんだよね!」と自分の腹をさすりながら補足説明をしました。


しかし、またもや彼女は微塵の迷いも見せずに言い放ちました。


 

「じゃぁ!Lサイズで!」



いやいや、人の話は聞こうよ。
「じゃぁ!」は何にかかっているんだ?
「じゃぁ!オレ、ハンバーグ!」みたいなノリだけで答えないでもらいたい。


 


そう思ったかどうかはわかりませんが、カッつぁんはサイズ変更へ向けてネゴシエートを始めます。


「うーん、君の場合なら、MサイズかSサイズでもいいくらいだと思うよ?身長は何センチかな?」と聞くと、彼女は困ったような表情を見せました。



 

「家に帰らないとわかりません!」

「そ、そうなんだ?家に帰らないとわからないんだ?」

「はい!」

明らかなひきつりが顔に出るのが隠せないかっつぁん。家に帰って何を確認すると身長がわかるのでしょうか。お母さんに聞くんでしょうか。それとも家の柱に身長が刻んであるのでしょうか。
しかし、自分の身長がわからないくらいでバイトをクビにするわけにはいきません。仕事にそんなことは何一つ関係ないわけですし。

努めて優しく、ねばり強くかっつぁんは続けました。


「…あ、あのさ、大体の身長でいいんだよ?大体で。それにさ、今、着てる服とかのサイズでもいいんだし…」


と言い切るかどうかのところで、彼女は 「あっ、そうか!」と閃いたような顔をすると、服に付いているタグを見ようと服を脱ぎ出しました。


  


チラリと見える白い腹。

焦るかっつぁん。

カッつぁんは急いでその事態をくい止めしました。


オレならあと30秒経過した後に、止めに入るところなんですが、店長ともなるとそうも言っていられません。
周りから見れば、「裸にならなきゃ採用しないぜ?」と脅迫するエロ店長にしか見えないからです。


「わーっ!?OKOK!よし、じゃぁ160p!うん、160pにしておこう!」


何が「じゃぁ」なんだかわかりませんが、動きを制するために彼女の身長を仮定したかぁつぁん。
少々、採用に対して懐疑的なものが出てこなくもありませんが、自分の身長を調べるために服を脱ぐからといってクビにするわけにはいきません。


かっつぁんは最後の話に移りました。


「そんじゃ、ウチは靴も支給しているんだけど………足のサイズはわかるよね?」


次は何をやらかすんだろう、かなりためらいながらかっつぁんは足のサイズを尋ねました。
そらそうだ。女性に年齢を聞いてはいけない。ヅラの人にヅラの話をしてはいけないってのと同じくらいに、この手のサイズの話はもう御法度な流れですもの。




「足のサイズならわかります!」



予期せぬ、良い答えが返ってきたことに逆に驚きを隠せないカッつぁん。思わず安堵のため息が漏れました。


「ふぅ、良かったぁ…で、何p?」


しかし、やはりこの手の話はこれ以上すべきではありませんでした。

彼女は得意満面の顔ではっきりと、聞き間違えることはないような大きな声で言いました。








 

25.2pです!」




元気良く存在し得ないサイズをのたまう彼女。純真という言葉は彼女のためにあるのだと思います。

しかし、現実的にそのサイズを公言していいのは、オーダーメイドでしか服を着ないような貴婦人にしか許されません。つか貴婦人はバイトしないし。


絶句。



そう、絶句しながらもかっつぁんは声を振り絞り聞き返しました。


「…あ、あの…22.5pの間違いだよね?」


「いえ、25.2pです!」


強くはっきりと25.2pを公言してはばからない彼女の瞳には一点の曇りもありません。
いつまでも、その気持ちを忘れないでください。


そのまっすぐな瞳に見据えられたかっつぁんは、それ以上何も言い返せないまま、後日、採用の合否を連絡する旨を伝え、面接を終了したそうです。





「と、まぁこんな話だったのよ…」

疲れた表情を見せ、話の終わりにまた一息つくカッつぁん。

話終えたあとの陰りのある表情からは、とても3、4つ年上の人には見えないものがありました。

しかし、その疲れとは裏腹に、聞き手としてかなり楽しくその話を咀嚼させてもらいました。オレはあとでこの話を文章にしようとすでに構成を頭の中で考え始めていました。



しかし、大事なことを一つ聞き忘れていました。


彼女の合否はどうなるんだろう?


雇用主の視点からではありませんが、彼女は大変な逸材なんではないでしょうか。彼女こそ、疲弊した、慣れきった職場に新しく吹き込む新しい風となるのではないでしょうか。



あのさぁ、カッつぁん。もちろんその娘を採用するんでしょ?



そう聞くと、カッつぁんはオレの顔をチラリと見て、また珈琲に口をつけ言いました。



「いや、採用しないよ。」



いやいや、もったいねぇだろ、そりゃ!
どうしてよ?何で採用しないのよ?



「ウチの店に、25.2pのサイズの靴がないから。」



そら、そうだ。