奇妙な同棲生活 第4話(最終話)








彼女がオレの部屋からいなくなってから3日が経ちました。




やはり、先日のゲイ発言がまずかったのでしょうか。さすがに引いたろうけど、まさか即日で出ていくとは思いもよりませんでした。

別に「これからは女同士仲良くしましょうね!」

とか

「あ、ごめん。ブラのホック止めてくれる?」

とか言ったわけでもないのに。
むろん、頼む以前にゲイでもないし、ブラを着用しているわけではありません。



そして、一つの失策に気づきます。
我が輩はゲイである、と嘘をついたことより何より問題なのは、「人に言うなよ」と口止めすることでした。完全に忘れてた。


もしかしたら、そんな話を肴に今頃酎ハイあたりで盛り上がってるかもしれない。ホッピーとか飲んでるかもしれない。たこわさびを食ってるかもしれない。いや、そんなんどうでもいい。
ただ、その席で「そういえば、やたらと台所にナスとかきゅうりとか細長い野菜が多かった」とか身も蓋もない噂をされていたらどうしよう。


             



そんな心配をしてはいましたが、彼女自身のことは荷物も置き放しだし、どこかに遊びに行っているのだろうと決めつけ大して考えていませんでした。
逆にこの際だからということでずっと敷きっぱなしになっていた万年床を動かして掃除に勤しんでおりました。

布団を干すと、狭い狭いと思っていた部屋が急に広くなったような錯覚に陥ります。「うおー、6畳って広ーい!」と部屋中をゴロゴロと寝転がり、つかの間の自由を満喫したのです。すげぇ所帯じみた自由もあったもんだ。




しかし、それから2日も経つとさすがにちょっと心配になってきまして、何度か携帯に電話を入れてみるのですが見事に通話不能。着信履歴は残っているであろうに、まったく連絡なし。
華麗に着信拒否でもされているのでしょうか。


しかし、彼女の身をいくら案じたところで、オレはよくよく彼女のことを知りもしませんでした。年齢と下の名前では探しようもありません。情報量少ねぇー。







そして、特に何が起こるわけでもなく3日目を迎えた昼間、彼女からの電話が鳴りました。



「アパートまでの道がわからないから駅まで迎えに来てほしい。」



あまりにも普通に、何事もなかったような口調で彼女は言いました。
むしろオレの方が慌てた感じで電話に出てしまったのがちょっと癪に触るくらいです。
道がわからんのなら、このまま放置してしまうという手もあるのですが、乗りかかった船だし、何より部屋に荷物もあるしで迎えに行くこととしました。





最寄の駅に着くと、初めて会った時と同じベンチに彼女は腰掛けて待ってました。

「よっ!」と手を振り上げる彼女の顔には少し大げさな絆創膏が貼り付いています。
完全にわけありな感じが一目でわかりました。うわぁ、関わりたくねぇ。


とは言え、その絆創膏について触れずにはいられないのが人情ってもんです。帰り道すがら絆創膏のこと、この3日間のことを聞いてみました。



「あー、別に大したケガじゃないんだよ。」



と彼女は絆創膏をめくって見せてくれました。
傷跡は軽い擦り傷ですでにかさぶたが出来ており、放っておいても勝手に治る程度の傷でした。

で、なんで怪我したのよ?と聞くと、



「んーとね、事故って入院してた。」



彼女は重い話題を軽くさらっと言い流し、次の話題に移ろうとしています。いやいやテレビの話なんかより、今は事故と入院の原因を聞かせろよ。



そこからの話を掻い摘んでします。

3日前、彼女はある男の家に転がり込んでいました。それがどこの誰だかはわかりませんが、その男はバイクを持っていたそうです。そして、そのバイクに二人乗りしている最中に自爆をブッこき、今まで検査入院していたとのことでした。



しかし、検査入院ともなればそれ相応の金額がかかります。彼女自身それほどお金を持っていたとは思えません。
で、その話を聞いてみると、「その男に出したもらった」とのこと。


んで、その男はどうしてんの?と聞くと、まだ退院できずに病院に止まっているそうです。わー、悲惨。


しかし、女の子の顔に傷を作ってしまったということは、男の方もさぞ気にかけていることでしょう。そこらへんの話をしてみると、彼女はゲッソリした表情で言いました。



「結婚して責任取る、って言われてるんだよね。」



何だよ、男らしいじゃん。
しかし何だ、その嫌そうな表情は。アホか、行く宛がないんだから結婚しちまえ。


しかし、「それはない」と、彼女は心底嫌そうに頭を振りました。
つくづくその彼に同情するよ。





しかし、話を整理してみれば、別の男の家に行って事故って入院して怪我して帰ってきて、今までどおりヨロシクってことですよね。


        


なんつーか、心配して損した。
彼女の布団干して損した。
さんま2匹買って損した。



いや、まぁもともと彼女に恋愛的なものや見返り的なものなんて求めていないから、こんなこと思っても仕方がないのでしょうけれども。
仕方がないにしても、また今までみたいに彼女の面倒を見ることがあまりにもかったるく、そしてあまりにもバカらしく思えてきました。




それからというもの、彼女との生活は表面上にはそう変化したことはありませんでしたが、オレの内面ではもう女としての扱いができないほどに変わっていきました。













そしてここから更なる変化を迎えます。




彼女は数日間は大人しく生活していましたが、傷が治ると同時に働き口を探してきました。



彼女は夕方になるといそいそと化粧を始め、出かける準備をします。
そして、アパートの外には黒い服を着たお兄さんが、黒い車で待っています。

そして、彼女は香水の匂いをさせながら深夜1〜2時頃帰宅、電気をつけて化粧を落としそれから就寝しました。



       


つーか、家の前で待たれるオレの身になれ。





ここまで言えば誰でもわかると思いますが、彼女は水商売を始めたようでした。

結局、どこのお店なのかはオレが様子見ですると思ったのでしょうか、最後まで教えてくれませんでした。
どっちにしても行かないし、行きたくても行くお金ないし。お腹イッパイ美味しいものが食べられればそれでいいんだよ、オレはよ。


しかし、正直、夜中の2時に電灯点けられるのは辛かった。オレの目は普通の人より少しだけ眩しい光に耐えられないため、ちょっとした寝不足に陥りました。
嫌いな物は夜のコンビニの明かりです。






でもしかし、職業のことはともかくとして、彼女が自分で生きていくことを選択したことは非常に喜ばしいことでした。

家出をするということは、今まで【家庭】という社会から庇護された場所より、新たに自分の力で生きていくという厳しい選択をしたということです。
しかし、彼女にとって【家庭】が庇護された場所であったかどうかはオレにも伺いしれません。

どちらにしても一人で生きていかなければならない彼女は、そしてようやく動き出した彼女は、親から仕送りをもらっている大学生のオレより一歩先へと進んだのです。


















そんな生活が数日も続いたある日、彼女は荷物を持って消えました。



彼女が使っていたブランド「ヒステリックグラマー」の袋は残っていましたが、大方のものは持っていったようです。
彼女はおそらく二度とは戻ってこないだろう、そう予感させるには十分でした。

また出しっぱなしになっていた布団を押入にしまい込み、部屋を掃除してみるとすっかり2週間前のオレの部屋に戻りました。
いや、これが元の部屋の形かな?とちょっと疑問に思うほどに彼女がいた生活は長く続いていたような気がしました。



居たら居たで問題ごとばかりで面倒くさいことこの上ありませんでしたが、野良猫みたいにふらっと立ち寄って、ふらっと去っていった彼女との騒がしかった日々を広くなった部屋の真ん中に座り込み、ちょっとだけ懐かしく思い出しました。






    
















そして、さらに数週間の時が経ちました。



その日、宮崎出身で訛りがいつになっても取れない友人がオレの家に遊びに来ており、インスタントコーヒーを飲みながら、お互いの近況を語り合っていました。



「最近だと、こんな話があるわ」


オレは、オレの身に起こったここ数週間の出来事を今回の文章のように友人に話して聞かせました。


友人は同情したような表情で時々相づちを打ちました。


そして、彼女が出ていったところで話を区切り、最後に押し入れからちょっとはみ出した【ヒステリックグラマー】の袋を顎で示しました。
多分、もう訪れることはないとは思っていましたが、一応彼女が置いていった荷物はそのままにして押入に入れておいたのです。



それを見た友人は俄然袋に興味を持ち出しました。



「もしかして今までのお礼とか入ってんじゃないの!?なぁ開けて見てみようぜ!」



友人はオレを急かすようにまくし立てました。


いや、あの子に限ってお礼とか置いていくタマではないと思いますが、そう言われると「もしかして」と思う気持ちが大きく首をもたげてきてしまいました。



「絶対そうだよ!間違いないよ、多分!」



どっちだよ、とツッコミたくなる友人の振りも気にならなくなるほどに、この時オレは袋の中身に興味がそそられていました。



お礼とまではいかなくても、手紙くらいは入ってるかもしれない。

そんな期待を抱き、そっと袋の口を緩め、中を覗いてみました。






























く、臭いっ!


ありえないくらい熟成された刺激臭がオレの目と鼻を襲いました。
し、染みる!





彼女がオレの部屋にたった一つだけ残していった袋の中身は、期待でも夢でもなく、満載の彼女のヨゴレものでした。

だからあれだけ洗濯物があったら出せっていったのに!


















後日、焼きました。






    完